2018/02/27

義士祭・・・旧ブログより移転

 〔義士祭〕             平成9年12月21日  

 先日、長年御世話になった神様より「横浜インターコンチネンタルホテルのウイークデー一泊宿泊招待状がある、自分たちは一生懸命働いている不自由人の身分で利用出来ない、自遊人なら勝手気儘だろうから是非ご利用下さい」と招待状が送られてきた。

 今まで汗水流し、アクの強い仲間に遠慮しながらも、一生懸命働いてきた者に神様が与えてくれた特権とあり難く利用させて戴くことにした。

 数十年振りの横浜、事前に神様よりベイブリッジからの展望、中華街見物、横浜美術館、あらゆる分野にわたって誠に親切な連絡。その連絡にそって時間の許す範囲であちこちをお上りさん宜しくキョロキョロ!

 先ず、14日昼ちかくに自宅を出てJRに乗車、がらがらの電車にのんびり腰をかけてこれ又キョロキョロ、電車のなかづりに「赤穂47士はテレビではなく外で!14日は義士祭の見出し。

 数十年東京に住まいしていたが高輪泉岳寺は始めて、品川で途中下車、お年を召した方々がぞろぞろ、寺に近づくに従って、年寄りを中心にして家族ずれが多くなり、山門の道巾5~6mは身動きがとれないほどの人の群れ、10分程並んだが、前進出来たのは2~3m。
 これでは今日中に横浜には到達出来ないと、ここは諦めて、品川駅に引き返し、結局寺の山門に出店していたテキヤの揚げたさつま芋を大枚300円で買いにいったようなもの。

 歩きながら紙コップに入っているステック状の芋を同行の女性と、又格別の味。

 毎年この時期赤穂浪士はテレビでも放映されるが義理人情を重んじる日本人の好みとするところか!
 仇討ちの原因となった大元を知らない方もいるのではないのか、或いは原因などどうでもいいことかも!

 常陸の山の中に居た浅野家の赤穂への国替え、三河の吉良から親切な指導を受けた製塩技術・過剰生産による販売・・・皆様が先刻承知を又ひけらかすところだった。

 横浜でのことは追々に! 文中神様とは鈴木 洋一様  神様に感謝

 格言:人にして信なくばその可なるを知らざるなり・・・論語
2017/11/28

「紅葉談義」・・・旧ブログより移転

 「紅葉談義」                    平成10年11月15日
 紅葉前線はすぐそこ迄やって来た。
色とりどりな錦模様、楓、モミジ、イチョウ、ハゼ、ブナ、山ボウシ・・・黄色、黄緑、茶色、赤、真紅、広葉樹が一斉に色ずく姿は正に幻想の世界。

 先日家族が集まって紅葉談義になった。
「楓とモミジはどう違うのか?」「緑だったのが何故赤くなるのか?」「銀杏の様な黄色でも何故紅葉したと言うのか?」「赤いモミジが落葉すると何故茶色くなるのか?」薄学を任じているので答えられない事もあり、調べておくよ!と言うことになった。
ご家族で紅葉見物のおり説明されたら多少威厳が保てるのではと思う。

 楓は葉が蛙の手の形をしているのでカエルデの略でカエデとなった。カエデ科の落葉高木で日本には30種類ある。モミジはカエデ科の別称。即ち楓(正式呼び名)とモミジ(別称)は同じもので呼び方が違っただけである。

 緑が赤に変色したのでは無く、もともと赤い楓を覆っていた緑のクロロフィルの活動が秋になって低下したので赤が正体を表しただけとのこと。

 上代にはモミジを黄葉と書いていたが平安以降紅葉と多く書くとある。従って紅葉・黄葉どちらも間違いではない。赤い楓は落葉すると赤い色が分解されタンニンだけが残るため茶色くなるとの事。 紅葉が素晴らしくなる3大要因は夏場の日照時間が充分、台風の影響が少ない、温度の急激な変化があること、のようだ。あとは観る人の感性か!

 何処のご家庭にもある広辞苑を単なる飾りではなく、たまには開いてみるのも面白い!
 関連語・・もみじ葉:紅葉(黄葉)した草木の葉。紅葉鳥:鹿。紅葉袋:糠袋。・・等
 文献:広辞苑、歳時記、他
 格言:どの様な人でも常に勉強していなければ新しい進歩をもたらす事が出来ない。
 (2009、11、7旧ブログ投稿記事)
2017/08/23

「父親譲り」・・・旧ブログより移転

 「父親譲り」                     平成12年6月25日 

 明治生まれの父親が68歳で亡くなって38年になる。自遊人の宴会芸である歌舞伎の語り、ガマの油売り等は父親から伝授されたもので、その芸はとうに父親を越えたと自負したが母親は生前「まだまだ、とてもとてもレベルが違う」と。

  親戚一同が集まる席等で父親をしのぶために父親ゆずりの声色を要求される時がある。語り口、仕種は父親そっくりと言われる、父親の真似をしてきたため自分独自のスタイルをと思っても一度身についた振りはとても直らない、今ではそれで良かったと思っている。

 父親が子供の頃には巡業の旅芸人一座が来ると旗持ちをして、タダで芝居を見せてもらうのが楽しみだったと。芝居、映画が大好きで新潟から東京に来たのも好きな時に好きな芝居見物が出来ると言うのも理由の一つだと聞いた事がある。新潟出身のため映画を「イイガ」と発音し、子供達で笑いの種にしたことも父親の思い出である。

 自遊人が始めて映画を見たと記憶しているのは昭和23年小学校高学年時に見た邦画は「蜂の巣の子供達」洋画は「サンアントニオ」である。ストーリー等は忘れていたが、数年前テレビで戦後の頽廃した子供達の心に映画をと「蜂の巣の子供達」が誕生、皆に希望を与えたと解説があり、主要部分が放映された。

 当時映画館迄の道筋にあった射的場、入口近くのションベンくさい臭い等当時の光景が蘇ってきた。青梅街道の現杉並車庫当たりの映画館であった。

 父親は映画好きがこうじて映画会社株を購入、映画はタダ。更に東京都交通局に勤めていたため都電、都バスの家族フリーパスもあり、交通費もタダ。自由人の貧乏学生時代から新人企業人時代、ほぼ毎週映画鑑賞。

 石原裕次郎物、小林明物、勝新太郎の座頭市、市川雷蔵の眠狂四郎等、日活映画、大映映画は殆ど見ている。3度の飯より好きだというわけでは無く、時間もあり、友人も誘えて全てタダという不純なものであったが良き思い出である。

 格言:知、仁、勇の三者は天下の達徳なり・・・中庸
(知:深い読み、適切に処理出来る能力。仁:思いやり。勇:勇気。達徳:徳の中の徳)
(2012、1、10旧ブログ投稿記事)
2017/08/10

「法名」・・・旧ブログより移転!

 「法名」            平成11年12月19日

 10年程前、菩提寺(松戸市本土寺)の住職より「母親が既に戒名を持っているのでお子様たちは出費が無くて楽ですね、今の相場は戒名料として2~3百万円程かかりますよ・・・」と。
それを聞いた当時85歳の母親は「本来戒名などは檀家に無料でつくてくれてなにがしかのお布施でいいはず、もし負担を感じるなら子供たちは俗名でいい!」と。

 それならば、神道のように俗名の下に「命」(みこと)とでもつけるか、あるいは公園墓地に良くあるような、石に「和」とか「道」とかをつけるなどと話していると母親「そうだ、いとこに偉い僧侶がいる。お前達夫婦の戒名を頼んであげる」と。

 思いついたらすぐに行動する母親、早速京都見物をかねて鳥取米子の由緒ある寺院へ、ご住職「本来は菩提寺がつけるのだがつけてあげましょう」と、快く引き受けて頂き「それではお好きな文字を一字入れましょう。何がよろしいですか?」と。

 好きな文字と言われてもとっさに思いつかず、また考えてもさほどの文字は出てこず「それでは普段自遊人と気取っているので⦅遊⦆という字を入れてもらおうと皆に話したら「⦅遊ぶ⦆などとは不謹慎で住職に失礼だ」と猛反発。

 そこは気弱な自遊人、泣く泣く「ご住職にお任せしいたします」と。

 早速「・・院法宣日・居士」と「生まれつき能力があり、高らかに法を宣揚するようになる」と説明書きがあり、まことに立派な法名を頂いた。

 大昔、中学を卒業する際、日蓮宗の総本山である身延山の小坊主に内定、事前の挨拶も済ませていたことがあった。法の道に入る予定だったことを思えば不思議な法名である。

 元々、仏教では俗人が悟りを開いて修行を積むと僧侶の階層に入れて貰えるとされている。その際授戒という行事が行われ僧名にあたる戒名がつけられる。
一般人につけられる戒名は死後極楽に行くことを祈って来世に送り出される法名とのこと。

 格言:徳に順(したが)う者は昌(さか)え、徳に逆らう者は亡ぶ・・・漢書
2017/07/06

「お盆」・・・旧ブログより移転

  「お盆」             平成11年8月8日 

 釜石の義母が隣町吉浜の長女宅で亡くなって10回目の御盆である。

 祖霊信仰の行事そのものは日本固有のものがあったようだが、仏教が一般的になるにつれそれらは仏教行事に吸収され今日の孟欄盆(梵語のUllambanaでその音読みを漢字に当てはめたもの)になったという。

 盆は旧暦の7月15日(現8月)を中心とした行事で13日の夕方、苧(お)がらを焚いて先祖の霊を迎え、精霊棚にナスの牛、キュウリの馬や果物などを供える。16日の朝、供え物を川に流して送り盆をし、宵に送り火を焚いて精霊を送るという御存知の行事。

 盆には親類縁者、隣組、藪入りで故郷に戻ってきた方々の訪問を受ける、下界に戻ってきた精霊と共に宴を催す、そのため家族は準備で目の回るような忙しさ。

 東北地方では盆に迎える精霊を「ホカイサマ」と言う。これは供物を入れる器の名「ホカイ」からきているとの事である。

 釜石は通常の8月13日から盆入りであるが、吉浜には7カビと言って8月7日に皆を迎える習慣がある。その為義母のホカイサマを2ケ所で迎える殊になり、霊も親類縁者もあっちゃこっちゃとオタオタするのではと思われる。

 昔は16日精霊流しの日に大忙しくなる人々もいたと聞いた事がある。
漬物屋さんである。
川の下流で流れてくるナス、キュウリを集めて漬物にしたとの事である。確認はしていないがもっともらしい話ではある。

 ついでに「藪入り」とは元々は嫁が実家に戻ることを藪入りと言っていたとのことだが、江戸(元禄)の頃からこのお盆の時期に奉公人が主人から暇をもらって故郷に帰ることを言うように成ったとのこと。

 語源は藪の深い田舎に帰ると言う説がもっぱらだが、父を養うために生家に戻るから「養父入り」(ヤブ入り)とする説もある。その意味から関西や鹿児島では藪入りのことを「親見参」(おやけんぞ)といっているとのこと。

 御仏はさびしき盆とおぼすらん・・・一茶
 (2009年8月7日旧ブログ投稿記事)