2017/04/29

ハクビシンの逆襲・・・旧ブログより移転

〔ハクビシンの逆襲〕              平成10年8月2日 

 収穫直前の美味しそうなプラムを一つ残らずハクビシンにやられたと書いた事がある。

 先日犬のおかげで野性のハクビシンにお目にかかる事が出来た。
奥久慈には何時もハスキー犬とチンチラ猫同伴である。当然奥久慈にも1坪以上の犬小屋を作り、猫のトイレもある。

 毎日、朝晩犬との自然散策が日課となっている。10メートル程の長い綱を付けて、せせらぎを渡り、梅林等をきょろきょろしながらの散策。

 途中、稲藁を山積みしている保管小屋、何時もは立ち寄ろうとする犬を強引に引っ張って通り過ぎていたが、たまたま自由にさせてみると小屋の奥の方まで進んで藁を掻き出し始めた。
 尾っぽを振り、クンクンいいながら喜びいさんで何かを掻き出している、と突然前のほうからハクビシンが、タヌキ程の大きさで鼻筋に白い線がハッキリと見られる誠に可愛らしい小動物。

 奥方にも見せたいとすぐに犬を引き出しドームへ「野性のハクビシンが見られるよ!」と。再度犬を向かわせると皆が見ている所へヒョイと顔を出した「ワァ、可愛い」と。

 その後、近くの80才前後の御隠居さん「一度も見たことが無い、是非見たい」と。またまた、犬をけしかけてみると「犬はハクビシンに噛みついて振り回すよ」と御隠居さん、「それはハクビシンが可愛そうだ」と犬を強引に引き戻すと顔に血が点々と付いていた「やはり噛んでしまったか?可愛そうなことをした」と思ったら、何と犬が足を噛まれて血だらけに成っていた。再三再四けしかけられたので逆襲に転じたのである。

 野性動物に噛まれては細菌がと心配したが、ペロペロ舐めて2日程で直ってしまった。

 格言:険を見て能く止まるは知なるかな・・・易経
 (2007、12、26級ブログ投稿記事)
2017/04/27

「環境破壊」・・・旧ブログより移転

 [環境破壊]      平成11年7月4日   

「最近は焚き火も出来ない」我孫子市に住む親類の言葉「庭先で紙屑を燃やしてもクレームが、市役所に問い合わせたら、良しとは言えない」と。

 取手市も独自の焼却は禁止しているらしい、ところが取手市に工場がある知り合いの社員が「実は大きな声では言えないがこの工場では焼却炉は24時間稼働している、役所は見てみぬふりをしていますよ、相談されても困るからでしょう」と。

 親類の実家は長野、近在の林檎農家等では樹木の選定は毎年のこと、伐採された枝を燃していると隣近所からも是非燃してほしいと伐採樹木を持ち込んで来るとのこと。

 秋には稲刈りの済んだ田圃で所々に集められたモミ殻、そこから細くたなびく煙は秋の風情であったが、今ではそれも禁止されているとのこと。モミ殻を燃やすとそれにかかった農薬を燃やすことになり、公害を発生させると説明にあった。

 世界各地では今も内紛や戦争が、標的となった地帯では深刻な水質汚染など、又各地で数ヶ月に及ぶ山火事の報道、国内でも山焼きや火祭りなど恒例行事も無数にある。

 公害発生、環境破壊する個人行動は禁止するが、対立する組織などによる破壊工作、あるいは恒例行事などで公害を発生させるのは公的機関も認めるとなると、昔チャップリンが映画の中で「一人殺すのは殺人者で大勢を殺すと英雄」との言葉を思い出すのは、余りにも飛躍しすぎだろうか!

 格言:天下に忌諱(きき)多くして、民いよいよ貧し・・・老子
   (禁令のたぐいが増えれば増えるほど人民の生活は貧しくなる)
   (2009、6、28旧ブログ投稿記事)
2017/04/26

「自慢合戦」・・・旧ブログより移転

 「自慢合戦」             平成12年7月30日   自遊人

 「ボク、ウルトラマンガイア、モッテイルモン」「ヘー、ウルトラマン太郎とか、ウルトラセブンなら知っているけど、ガイアって何?」「ガイア、チラナイノ、ソラモ、トブンダカラ!」

 近くに住む3才になったばかりの孫から毎日のようにジジコールがある「ジィジ、アノネー・・・」、電話の無いときはこちらからコールすると娘が「今、寝ているのよ!」と、時々「この忙しいのに!」との気持ちが丸見えの声。

 大人の自慢話は聞くに耐えないのがほとんどだが、孫のは特別、爽やかな春風のようにほのぼのと心地良い気分にさせてくれる。

 ところがガイアなるものが判らない、早速おもちゃ屋で調査してみてびっくり、ウルトラマンの名前が付いたのが数十も、ゼアス、シャドー、ティガ、ダイナ、アグル、ネオス等々、それもティガ等3種類に変身で色違い、大きさも大、中、小と!

 こっそり、最近の10センチ程の小さいのを1セット7体購入、すぐに孫に電話「ジィジもウルトラマンテイガ持っているもん、遊びに来たらあげるよ」「チュグニ、イッテモ、イイカナー」「いいとも」、1時間後には7体全部めしあげられた。

 自然王国、奥久慈のピースドーム(ドームハウス)にも孫の遊びようとして30センチほどウルトラマンを3体。
 目敏く見つけて、ひとしきり遊んでいたが、数日後「今度又ドームで遊ぼうね!」「ウルトラマン、クレタラ、アソビニ、イク」と。

 成るべく、天気の良い日は近くの同世代の子供たちと遊ばせたいと娘の意向、ジジとしては一寸寂しいが「それがいい、それがいい」と!
 最近は「ジジもドームにウルトラマン持っているもん」とせいぜい電話での自慢。

 来年は幼稚園、あどけない自慢合戦もあとどのくらい出来ることだろう。

 格言:人間はしゃべる事は生まれてすぐに覚えるが、黙る事はなかなか覚えられない。
 (2009、6、28旧ブログ投稿記事)
2017/04/25

「ドーム温泉」・・・旧ブログより移転

  「ドーム温泉」            平成12年3月19日 

 日本人の生活習慣の一つとして寝る前のひと風呂がある。
一歩外に出ると7人の敵がいる、その外敵との戦いの疲れをいやし、身に付いた汚れを落とし心身共に清潔な体に生まれ変わる、風呂あがりに寛いで一服、ホット一息つける至福の時だと思う。

 高齢化社会と言われ始めた昨今、老後を豊かに、元気に、快適に、美しく老いるにはストレスをその日の内に解消することが必要でクオリテー・オブ・ライフ(生活の質)を高め、心に安らぎをもたらす温泉を!とも。

 奥久慈の遊び小屋ドームハウスを訪れる若者連中も温泉、屋外で丸太の素朴な椅子に腰掛け、バーベキュー、腹ごしらえがすむと「サー温泉!」、5分程の美人の湯と評判の公衆温泉へ、露天風呂等で寛いで、娑婆のしがらみを洗い流してから再び深夜迄炉端を囲んでワイワイガヤガヤ。

 数年前、度々ドームハウスを利用する若者連中「団欒を中断してわざわざ温泉に行くのも面倒、是非ここに温泉を作ってほしい」と、飛んでもない要求。

 万やむを得ず、1年がかりで4~5人は入れる石組みの露天湯船と目隠しは完成(アルバム・ピースドームに写真掲載)、後は入手済みボイラーの設置だがこれが大変。同時にパイも焼ける窯の構想も既に出来上がってはいるのだが・・・!

 温泉の湯(低温)は5分ほどの公衆温泉裏にある温泉スタンドで入手できるが追い炊きが出来ない!
まだ暫くは「単純親水冷泉」と、うそぶくとしよう。

 金も掛けず、日頃のストレスを解消して身も心も豊かに成る為には相当な努力が必要。
やはり頭脳は不要でも体力を使わなければ「クオリテー・オブ・ライフの向上」は無理か?

 格言:窮(きゅう)もまた楽しみ、通もまた楽しむ・・・荘子
 (2009、4、19旧ブログ投稿記事)
2017/04/12

「燕雀同居」・・・旧ブログより移転

  「燕雀同居」            平成12年7月23日 

 神様が季節を定めて、他界から子孫の繁栄と幸せを見守りに来てくれると信じられていた燕が今年もガレージの中に姿を現した。

 4月下旬に新たに4つ目の巣を作り5月には雛が4羽ピイピイと親から餌をねだって催促している様、巣の外にお尻を突き出し糞をしている様等誠に可愛らしいものである。
 暇にあかせて観察すると親燕が飛んでくる羽音を敏感に感じてピイピイと顔を出し餌を催促している、親も心得たもの順番に餌を与えている。

 親が居る時と糞をする時、周りに外敵が居ないと思われた時以外は巣の中に入り外から見えないようにじっとしている、当然こちらがガレージを開けた時、チチチチと親の泣き真似をした時でもすぐに外敵と察して首を引っ込めてしまう。

 その子燕も先日無事巣立っていった。するとその巣立っていった巣の中に今度は雀がさらに藁屑等を集めて周りを囲い出した。燕の巣に雀が間借り。

 雀の巣作り、改装が完了して暫くすると、又燕が飛来、雀に分捕られたと判ると昔からある巣を利用せずにその1m程脇に又新たに巣作りを開始、2週間程して巣が乾くと又、子作り開始。2度目なのか別の燕なのかは判別はつかないが、毎年2度同じ巣であったり別の巣を作ったりしているが今年からガレージの中は燕・雀が同居。
 ここ数日、子雀が4羽ピイピイと餌をねだっている様も誠に可愛いものである。

 広辞苑には雀は「おしやべり、又有るところに好く出入りして事情に詳しい人」とある。史記には燕雀は「燕雀安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」とあり、燕や雀の様に小さいとして、小人物に例えられているが、燕は神聖なる鳥であり、燕が来る家は選ばれた家で飛来が続く限り繁栄と幸せが・・!となると例え小人物に好かれたとしても喜ぶべき事なのだろう。毎年忘れずに来てほしいものである。

 格言:雀の巣も構(く)うに溜まる・・・雀が僅かなものをくわえて運んでいても、ついには巣を作りあげるように少しの物もつもりつもって多くなる)
 (2009、5、24旧ブログ投稿記事)