2017/08/10

「法名」・・・旧ブログより移転!

 「法名」            平成11年12月19日

 10年程前、菩提寺(松戸市本土寺)の住職より「母親が既に戒名を持っているのでお子様たちは出費が無くて楽ですね、今の相場は戒名料として2~3百万円程かかりますよ・・・」と。
それを聞いた当時85歳の母親は「本来戒名などは檀家に無料でつくてくれてなにがしかのお布施でいいはず、もし負担を感じるなら子供たちは俗名でいい!」と。

 それならば、神道のように俗名の下に「命」(みこと)とでもつけるか、あるいは公園墓地に良くあるような、石に「和」とか「道」とかをつけるなどと話していると母親「そうだ、いとこに偉い僧侶がいる。お前達夫婦の戒名を頼んであげる」と。

 思いついたらすぐに行動する母親、早速京都見物をかねて鳥取米子の由緒ある寺院へ、ご住職「本来は菩提寺がつけるのだがつけてあげましょう」と、快く引き受けて頂き「それではお好きな文字を一字入れましょう。何がよろしいですか?」と。

 好きな文字と言われてもとっさに思いつかず、また考えてもさほどの文字は出てこず「それでは普段自遊人と気取っているので⦅遊⦆という字を入れてもらおうと皆に話したら「⦅遊ぶ⦆などとは不謹慎で住職に失礼だ」と猛反発。

 そこは気弱な自遊人、泣く泣く「ご住職にお任せしいたします」と。

 早速「・・院法宣日・居士」と「生まれつき能力があり、高らかに法を宣揚するようになる」と説明書きがあり、まことに立派な法名を頂いた。

 大昔、中学を卒業する際、日蓮宗の総本山である身延山の小坊主に内定、事前の挨拶も済ませていたことがあった。法の道に入る予定だったことを思えば不思議な法名である。

 元々、仏教では俗人が悟りを開いて修行を積むと僧侶の階層に入れて貰えるとされている。その際授戒という行事が行われ僧名にあたる戒名がつけられる。
一般人につけられる戒名は死後極楽に行くことを祈って来世に送り出される法名とのこと。

 格言:徳に順(したが)う者は昌(さか)え、徳に逆らう者は亡ぶ・・・漢書
2017/07/06

「お盆」・・・旧ブログより移転

  「お盆」             平成11年8月8日 

 釜石の義母が隣町吉浜の長女宅で亡くなって10回目の御盆である。

 祖霊信仰の行事そのものは日本固有のものがあったようだが、仏教が一般的になるにつれそれらは仏教行事に吸収され今日の孟欄盆(梵語のUllambanaでその音読みを漢字に当てはめたもの)になったという。

 盆は旧暦の7月15日(現8月)を中心とした行事で13日の夕方、苧(お)がらを焚いて先祖の霊を迎え、精霊棚にナスの牛、キュウリの馬や果物などを供える。16日の朝、供え物を川に流して送り盆をし、宵に送り火を焚いて精霊を送るという御存知の行事。

 盆には親類縁者、隣組、藪入りで故郷に戻ってきた方々の訪問を受ける、下界に戻ってきた精霊と共に宴を催す、そのため家族は準備で目の回るような忙しさ。

 東北地方では盆に迎える精霊を「ホカイサマ」と言う。これは供物を入れる器の名「ホカイ」からきているとの事である。

 釜石は通常の8月13日から盆入りであるが、吉浜には7カビと言って8月7日に皆を迎える習慣がある。その為義母のホカイサマを2ケ所で迎える殊になり、霊も親類縁者もあっちゃこっちゃとオタオタするのではと思われる。

 昔は16日精霊流しの日に大忙しくなる人々もいたと聞いた事がある。
漬物屋さんである。
川の下流で流れてくるナス、キュウリを集めて漬物にしたとの事である。確認はしていないがもっともらしい話ではある。

 ついでに「藪入り」とは元々は嫁が実家に戻ることを藪入りと言っていたとのことだが、江戸(元禄)の頃からこのお盆の時期に奉公人が主人から暇をもらって故郷に帰ることを言うように成ったとのこと。

 語源は藪の深い田舎に帰ると言う説がもっぱらだが、父を養うために生家に戻るから「養父入り」(ヤブ入り)とする説もある。その意味から関西や鹿児島では藪入りのことを「親見参」(おやけんぞ)といっているとのこと。

 御仏はさびしき盆とおぼすらん・・・一茶
 (2009年8月7日旧ブログ投稿記事)
2017/06/12

「隣のTさん」・・・旧ブログより移転

  「隣のTさん」                  平成9年5月18日 

 世の中には、何とも説明出来ない不思議なめぐりあわせがある。

 自遊人が70数年前この世に生を受けたのが、都心に程近い杉並区堀之内。
以来新婚初々しい美青年時代もやはり同じ生誕の地。

 その住まいの端に大きな桜の木。この桜には毎年苦しめられた、桜花爛漫どころかガクが降り注ぎ屋根のトヨはすぐつまりそのたびに屋根に上りトヨ掃除、秋も同じ作業の繰り返し。
隣からもクレーム、隣は丁度父親と同時に定年退職したТさん。

 今の本拠地柏の自宅前には小学校の大きな桜、隣の住人もこれまたТさん、それも自遊人と同時に定年退職。

 自遊人の寝室は二階の8畳、廊下を隔てた隣は数年前まで娘夫婦の寝室、なんと娘夫婦の姓はТ。従って我が家の表札は自遊人とТ。

  新入社員時代の最初の勤務地は新橋御成門、隣の席は女子のТさん、十数年後靖国九段南ビル隣の席の管理職はТさん、婿のТ氏の勤務地は隣のトヨタ九段ビル。

1年ほど勤務した東北仙台の時も隣にТさん。

なんとも理屈では説明出来ない不思議なめぐりあわせである。
まさか菩提寺の墓の隣がТさんになるなんてことは・・・・!
 
格言:人と与(とも)にするには備わらんことを求めず・・・書経
(2010、10、1旧ブログ投稿記事)

2017/06/10

「台風一過」・・・旧ブログより移転

 「台風一過」                    平成12年7月16日 

 先週、関東付近を雨台風が通過、ドーム下の小川は何時もは綺麗なせせらぎだが、この日はとうとうと流れる濁流、三本組の丸木橋も流され、近づくことも出来ない有り様。

 長時間降り続いた雨の影響で多分水嵩も増している筈と、野次馬根性的に滝見物に。

 数年前も御世話になった方々と台風一過、日本3名瀑と言われている袋田の暴れ滝に感動したことがあったが、今回の滝はそれを数段上回る凄さ、水飛沫で展望台の欄干にはとても近づけず、その凄さに声も出ず。

 更に上流にあり「裏見の滝」とも言われ、滝の内側に入れる「月待ちの滝」にも行ってみたが、ここも水量が多く飛沫が凄いためとても裏にはいることが出来ず引き返し。

 翌日、台風一過の海岸なら流木等の自然の芸術品もある筈とドームから1時間程の那珂湊近くの海岸へ、やはり思惑通り丸太と芸術的な形をした根っ子を数点収穫。

 さらに海岸線をドライブ、阿字が浦海岸近くにいくと数百メートルに渡り黒々と荒波に根こそぎはぎ取られた海草の帯。

 収穫している人に聞くと「スーパーでも売っているメカブを採っているのです、まだ海につかっているか打ち上げられたばかりの濡れているのを根本だけ切り落としているです」と。

 当然自遊人も参加、車から常備品の山菜刀と袋を持ち出し、採るのにおもしろくなりダンボール2箱、ドームに帰り細くきざみ熱湯をかけ醤油少々で味見、これは抜群。

 夜は久し振りにドームの真ん中に布団を敷、横になると、なんと透明な天井から満天の星空、寝ながら宇宙の神秘に思いを馳せた。

 今回の台風は色々な土産と感動をもたらしてくれた。
 格言:君子は修身の憂いあるも、一朝の憂いなきなり・・・孟子
 (2009、9、5旧ブログ投稿記事)
2017/06/08

「セミ時雨」・・・旧ブログより移転

 「蝉時雨」                    平成12年8月13日 

 暦の立秋を過ぎても緑一段と濃く真夏。男の隠れ家ピースドーム(奥久慈)は炎天下を避ければ爽やかな避暑地だがドームハウス内は涼しく快適に過ごせるのは午前10時頃まで、円形の為屋根全体に当たる日差しは内部の温度を上昇させ外の日陰へ逃げ出す始末。

 月に1度は来る都会の若者達もドーム内が暑くなると近くのセセラギで水遊び、浅い清らかな清流の所々に深さ2m程の淵もあり、日頃技術論等を闘わしているで有ろう若者も水中眼鏡にモリを持ち、カジカ、ハヤ、鰻等を追いかけ回して童心にかえったよう。

 先月、非コメを頂いた「・・最近庭の木では蝉が鳴きませんがそちらはいかがですか?・・・原因はヒヨドリです。今朝も一匹、鳴き始めた瞬間に目にもとまらない早さであらわれたヒヨドリが口にくわえます。

・・・カラスが増えた事がヒヨドリの餌を奪った事もあろうし、木が少なくなったことで虫が減少して、夏場の餌の少ない時期に蝉を食べることをヒヨドリが学習したのではないかとも想像す・・・」とのメールを戴いて柏の本宅で注意深く観察していると確かに先月は鳴き声は非常に少なく、やっと8月に入って「蝉時雨」と感じられるようになった。

 柏の木々には蝉の脱け殻がそこかしこに、蝉は脱皮の間は動くことが出来ないのでその時間(約10時間)が最も危険な時。

 蝉は地下で7年以上も過ごし、鳥が活動出来ない夜の間に脱皮してしまおうと前日の夕方に地上に出て安全な所に辿り着き早朝に脱皮し鳥の活動の前に飛び立つ、幼虫にこのような本能があるとは誠に驚き。

 炎天下の奥久慈での「蝉時雨」も幼虫の本能を考えると煩いというより爽やかさを感じるから不思議。

 文献には夏のこの時期は土気がさかんで暑熱もはなはだしいうえに、地気も一変するので土いじりを禁じているとのこと。

 「文献に書かれている」と、不精を決め込み、昼寝でもして、夜は万葉集にもあるように「暑くなったら痩せてしまうから鰻でも食べる」・・とするか!

 格言:楽しみは極(きわ)むべからず・・礼記
 (2009、8、14旧ブログ投稿記事)