2016/01/17

筍が取り持つ交流

〔筍が取り持つ交流〕      平成10年3月16日 

 柏で犬の散歩コースの途中、両側に雑木林、車がやっと通れる小高い坂道を上がると良く整備された竹林その脇のかっては豪農と思われるお宅、3年程前の5月、そのお宅の入口にミカン箱が置いてあり中に5~6本の竹の子「どうぞご自由にお持ち下さい」と書かれていた。
直径10センチもある竹の子を一本だけ戴いてその日の食卓へ。

 2~3日後通り掛かると今度は「一本100円、こちらのビニール袋のはオマケ」と。
 ところがオマケの方がよっぽど立派。脇に置かれていた缶に100円を入れオマケも頂戴して帰ってきた。何とも不思議で気になっていた。

 それから数日して奥方の実家釜石から「シドケ」(卵とじ、茹でて食する手に入りにくい山野草)が送られて来た。都会では大変珍しいものだと思い、何時も竹の子を頂戴していたそのお宅のミカン箱に些少だがと書いて入れた置いた。

 10日程して通り掛かると「シドケを置いていかれた方ご連絡下さい」と書かれた紙が張られていた。料理方法が判らないのかと思って声をかけると、野菜を山ほど!
 その後名前も名乗らずに朝夕の顔を合わせた時の挨拶だけ。

 一昨年6月は杏を10キロ、昨年はプラムを10キロ、ザクロ5キロ程提供したがそれでも名前を名乗らずにいたが、10月になり数週間振りにそのお宅の前を通り掛かると親子が待っていた。
「何時も農作物を用意しているときはおいでに成らない」と、そのとき始めて家の場所を聞かれて「池に置物が有るのでションベン小僧の家と呼ばれているのですよ」と答えた。

 昨年11月30日に一週間振りに奥久慈より帰ると、奥方より「あの竹藪の方が新鮮な野菜を山ほど・・、どうして判ったのかとの質問に、池の有る家と聞いてましたので・・・・」とさすがに「ションベン小僧の家」とは言いにくかったのか!

 つい最近、不思議に思っていた「何故オマケの方が立派なのか」と聞いてみた。「喜ばれるので多くの方に差し上げたかったのですが、近在の農家から無料提供は商売に差し支えるとクレームがあったのです」と!

 爽やかな交流ではあるが、全ての人々を満足させることは難しいものだと実感。
 格言:人に接しては即ちすべてこれ一団の和気・・・近思録
    (和気:心の温かさ)
(旧ブログ2007,12、06投稿記事)

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